本庄遥ファンクラブ

メインで投げるチームがA1(一軍)へ!持ち球のチェンジアップが認められた瞬間

メインで投げるチームがA1(一軍)へ!持ち球のチェンジアップが認められた瞬間

こんばんは!

皆さん、お仕事お子さんの応援お疲れ様です。

やっとユニフォームもらった!!!!?

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さてさて今日は、ウィンターリーグ第2回戦ということで戦ってきました。

結果は惨敗。

10−3でした。

今日の試合は

「新人を育てるための試合」

ということで、私は先発ではなくリリーフで2回だけ投げました。

それまではまさかのライト9番。

新人戦以来のリアル外野には普通に緊張しました。

結果は、ライトゴロをしっかり止めたことと、ライトフライをポジショニングバッチリでとったことです。笑

もちろん普段守っている選手からしたら、当たり前のことですが足を引っ張らずに守れて本当に良かったなとホッとしています。

また、二回だけ投げたピッチングは、アップ自体試合前と初めに投げる5球だけでしたが、お得意のリリーフということもあり安定したピッチングができほとんど打たれずに終わりました。

その中でも持ち味のチェンジアップの味を出し、相手チームも空振りを見て笑ってました。笑

私のチェンジアップって、仲間にも相手チームにも笑いを提供することが出来るんだな?(自画自賛

オーストラリアに来て、アンダー17の子に言われた

「ストレートの時声出すなら、チェンジアップの時も出しなさい」

ということを忠実に守り続けることによって、よりバレないチェンジアップを投げることができているみたいです。

そして、今日は題名にもある通り報告があります。

前回まで、A2で主に投げていたのですが、来週の試合からA1(一軍)で主に投げられることが決まりました!!!

システムについてはこちらのnoteの方で詳しく説明するので、省略しますが簡単に言えば実業団の一軍レベル、オリンピックメダリストがいる中で投げられるということです!!

これは大きな進歩!

そして、今回改めて感じたのは

「私のボールって認めてもらうために毎回時間がかかるなぁ〜」

ということです。

知っている人にしか分からない。

そして、ある程度抜けている人にしか伝わらない良さがあると私自身信じています。

(理由は、創志学園ソフトボール界の神と呼ばれる「長澤夫婦」に引退前に褒められまくられたからです笑)

その他、関西リーグにいる時も色んな相手大学の方からお声をかけて頂いて褒めて頂いたこともあり、相当自信はつきました。

じゃないとオーストラリア人相手に

「自分のチェンジアップ通用するのか」

という疑問を投げかけて戦いに行ったりしないですよね。笑

話が大分逸れましたが、とにかく良かった!!!

レベルが上がる=レベルの高いキャッチャーと組める

というスペシャルボーナスもついてくるので。

私みたいな考えて投げるタイプのピッチャーには、キャッチャーとの相性というのが非常に大事になって来ます。

少しずつ、話せることも増えて来ているのでどんどんキャッチャーにも意思を伝えて行こうと思います。

〜追記〜

今日もちびっ子二人に助けてもらいました?

子どもの発音ってなんでこんなに聞き取りやすいんやろ。

そして、なんでこんなに気が使えるのだろう。

日本いつ帰るの?とか帰った後もこっち帰ってくるよね?と少し押し気味に聞いてくるこの子たちが可愛すぎるので、きっと戻って来ます。

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はるか

 

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は2020年3月10日からソフトボール世界No. 1の国であるアメリカのプロソフトボールチームに入団テストを受けに来ています。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、高校のインターハイで優勝、大学の関西リーグでは、防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、日の丸を背負って投げた試合は、日韓交流戦のたった一度だけ。

防御率はいいものの、決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、同年代の中でも目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、1回生の秋からほとんどの試合を任せてもらうようになり、エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、過度な投球が原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている日本ソフトボール界の頂点である「実業団」に挑戦するイメージはどんどん消えてきました。

ある日、夢の中でアメリカのプロリーグにスカウトされました。

夢を見たことがきっかけで海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月からオーストラリアのブリスベンに1年半ソフトボール留学し、QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表に選ばれました。
 
オーストラリアで、自分のピッチングが通用したことが
自信になり、ソフトボール世界No.1のアメリカで、プロを目指すことを決めました。
 
人間、諦めなければ必ず夢は叶うと信じてここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて日本人初のプロソフトボール選手になりたいのです。

そして、日本から私以降にアメリカでプロになる選手を増やし、日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、今後の展望をお伝えしておりますので、是非ご覧ください。

このファンクラブは、みなさんと一緒に夢を追いかけるためのコミュニティです。

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