本庄遥ファンクラブ

オーストラリアでソフトボールをして成長した自分を感じた10ヶ月。

オーストラリアでソフトボールをして成長した自分を感じた10ヶ月。

 

オーストラリアにソフトボール留学をしているアスリートライターのはるかです。

「オーストラリアでソフトをする」と決めて日本を旅立ってから10ヶ月が立ちました。
留学をスタートさせてから今までで感じたオーストラリアのソフトボールについて書いて行こうと思います。

 

初めて練習に行ったときの英語力

総監督になる人の言っていることが一言もわからなかった。

初めて練習に行って自己紹介をしたときのことを今でも鮮明に覚えています。
自分の名前とポジションを伝えてから、彼女に話しかけられた後はもう何を言っているのかさっぱりわからず、緊張と流暢な英語に圧倒されて頭が真っ白でした。

そこから練習をおこなって、最後にピッチングをしたときに「いつまでピッチャーやってたの?」という質問だったのに、「いつからピッチャーやってるの?」という質問だと思って「8年前?」とかなり適当なことを言ったことで、「え?!?!?そんなに投げてないのによく投げれるね!!」とびっくりされました(実際両方の答えに合っていない。笑)

そこから、球種を聞かれて一生懸命説明をして見るのもの言いたいことが中々言えずチェンジアップとストレートを辛うじて伝えた感じでした。

最終的にメールを打ってもらうことに

私があまりにも分からなかったこともあり、次の練習、試合をする時間などを全く聞き取れなかった私を見て「後でメッセージ送るよ!」と言ってくれました。
初っ端から迷惑かけまくりでしたが、彼女たちにかなり助けてもらい試合に遅れる事などはなく日々を過ごせました。

3ヶ月ほど経ったとき

すぐに慣れるよは嘘?

2、3ヶ月くらいでネイティブともある程度コンタクト取れるようになるよ〜と先輩や友だちに言われていたことがあって、もうそろそろチームメイトともコンタクトが取れるかな…と思っていましたが、現実はそう甘くなく。泣
まだまだ彼女たちの言葉にはついていけず、優しく話しかけてくれるのに中々話し出せませんでした。

試合で結果を残してフレンドリーに

もうこんなに優しくしてもらってるんだから、後は結果でみんなに恩返しするしかないと思い試合でベストを尽くしました。
初めの方は、どういう風に打ち取るのかも分からないまま投げ続け、打ち取ることもあまりできなくて悔しい思いも何度もしました。
それでも彼女たちはいつも「ナイスピッチング!」と声をかけてくれて、「彼女たちのためにいいプレイをしたい!」と思うようになりました。

そうしているうちに、いつの間にか調子が上がってきたりキャッチャーの子が私のボールをうまく使ってくれて打ち取れたりとどんどん成長して行きました。

トーナメントの後の話(6ヶ月目)

みんなの言ってい20%しか分からない…

6ヶ月経った頃にトーナメントがありました。
トーナメントの後にみんなでパーティーをしたのですが、そのときのみんなが話している内容が全く分からず…
6ヶ月も住んでいるのに、それなりに努力して勉強もしているのにできない自分に悲しくもなりました。泣
あー私の英語力ってめっちゃ伸びるの遅いなーとか思ってましたね。

直接何かを話しかけられたらなんとなくわかる

ちょうどその頃、すごく仲良くしてくれたセカンドの友達と話しているときに相手が言っていることに何と無く返せることができた自分がいました。
決して早く返せる訳でもなかったのですが、一言ひとこと相手の質問に対して答えられている自分がいました。
もちろん相手も私に気を使って話してくれているのですが、「ネイティブと英語を話している自分」と初めて会いました。

それは初めて英語の成長を感じた瞬間でした。

試合中に彼女たちのジョークが聞こえた9ヶ月目の冬。

ある日突然滝のように入ってきた英語

決勝リーグから1ヶ月前のある日。
いつものように試合をしていると、なんだかみんなの言ってることが急に聞こえる瞬間がありました。
その瞬間から、彼女たちの言っていることが滝のように入ってくるのです。
本当に夢かと思うほど流暢に英語が入ってくるようになりました。

車の中でチームメイトとの会話が弾む

その頃訳あって近くの駅までチームメイトに迎えにきてもらうようになりました。
そこから彼女と毎試合ごと行き帰りに会話をするようになってから、どんどんスピーキングとリスニングが伸びていったことに気がつきました。
自身の感じたことを話してみたり、彼女の予定を聞いたり、色んな話ができるようになっていました。
聞き返す回数も格段に減り、理解力も上がってきたと感じるようになりました。

英語力で伸び悩んでいる人、つまずいている人へ。

ちゃんと積み重ねれば伸びるから焦らないで

私の場合、周りの友だちと比べるとかなり単語を覚えるにも時間がかかったしスピーキングも伸び悩みました。
自分の言いたいことも言えずに辛い時期の方が正直長かったです。
話せるようになったと思ったら急に話せなくなる。そんなことも今でも起こります。
学校のリスニングテストも正確に一つ一つ聞き取れるかといったらそうではありませんが、ネイティブの人が何を言っているのかがわかるようになってきました。

専門的な用語でなければ単語さえ聞き取れれば会話ができます。
学校のクラスの中でも、単語力がないのに英語がある程度話せたり誤魔化しが効くのはこの辺が関係しているのかなと思います。

家にこもって勉強するんじゃなくてどんどん実戦に出よう

10ヶ月で感じたのは、「実戦の大切さ」。
いくら家で勉強したって、Noteに書いたって実戦で話さなければ英語は伸びません。
ライティングとリーディングは後回しで全然なんとでもなります。
とにかく英語で友だちを作りたいなら、英語でカッコ良くなりたいなら話す話す話す、話しまくる!!
これが一番の近道です。

復習をしたり、グラマーを理解することは大切ですがまずは話せないときからどんどん話す機会を作ることが1番の近道です。

逃げずに前に向かっていきましょう。

 

誰でも英語が話せるようになります。
特に趣味に没頭できる人はハマりさえすれば、時間の問題です。
初めから誰も話せません。ネイティブの人たちも赤ちゃんの頃にその気持ちを味わっています。
ゆっくり英語に向き合うことが大切です。

一緒に頑張りましょう。

はるか

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は2020年3月10日からソフトボール世界No. 1の国であるアメリカのプロソフトボールチームに入団テストを受けに来ています。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、高校のインターハイで優勝、大学の関西リーグでは、防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、日の丸を背負って投げた試合は、日韓交流戦のたった一度だけ。

防御率はいいものの、決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、同年代の中でも目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、1回生の秋からほとんどの試合を任せてもらうようになり、エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、過度な投球が原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている日本ソフトボール界の頂点である「実業団」に挑戦するイメージはどんどん消えてきました。

ある日、夢の中でアメリカのプロリーグにスカウトされました。

夢を見たことがきっかけで海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月からオーストラリアのブリスベンに1年半ソフトボール留学し、QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表に選ばれました。
 
オーストラリアで、自分のピッチングが通用したことが
自信になり、ソフトボール世界No.1のアメリカで、プロを目指すことを決めました。
 
人間、諦めなければ必ず夢は叶うと信じてここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて日本人初のプロソフトボール選手になりたいのです。

そして、日本から私以降にアメリカでプロになる選手を増やし、日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、今後の展望をお伝えしておりますので、是非ご覧ください。

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