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オーストラリアブリスベンにあるソフトボールチーム「セインツ」について

オーストラリアブリスベンにあるソフトボールチーム「セインツ」について

 

今回はオーストラリアのブリスベンにあるソフトボールチーム「セインツ」について紹介して行きます。

オーストラリアのソフトボールって?

クラブチームによって行われるシステム

おそらくオーストラリアソフトのことを知らない人も多いかと思うので、ここで簡単にオーストラリアのシステムについて触れておきます。

オーストラリアでは、大学や高校などでクラブチームがあるというよりは地域に根付いたクラブチームが多く監督コーチなどもOG OBが入れ替わりで行っていいます。

みんながみんな、個人として加入していて部に対してお金を払っていて誰でもどこの国の方でも自由に参加できるようになっています。

また、ほとんどのチームメイトが働きながら、留学生として、大学生をしながらソフトをするような環境で誰かが休みでいないことは日常茶飯事です。

レベル別に分けられている

ジュニアからシニアまでの年代別はもちろんのこと、17歳あたり〜50歳あたりまでの選手は一軍〜三軍くらいまでに分けられて試合を行なっています。

自チームだけでなく、その他の同じ地域のチームが全てそういうシステムになっているので試合ができなくなることは基本的にはありません。

また、チームメイトが足りないときは一軍の人が二軍の試合に出たりその逆もあったりみんなが双方のチームに出場する権利があるので、棄権になる確率がグンと減ります。

試合にでられないことがない

試合をするときの人数自体も、10人程度で行うことが多いのでみんなが満遍なく試合に出場する権利が与えられます。

監督コーチもチーム分けに手馴れている方達なので、全く違ったレベルに入れられるということもなく自分にあったレベルで試合に出られることも一つの魅力です。

その中でも今回は私が所属している「セインツ」のいいところ、こんなチームだよっていうことを紹介して行きます!

オーストラリアのソフトボールの仕組みをもっと知りたい人はこちらからどうぞ!

セインツってどんなチーム?

留学生や他の地域から来る人が多く、フレンドリーなチーム

他のチームと比べても、圧倒的に留学生や他の地域(オーストラリア圏内も)が来る子が多いチームです。

みんな留学生慣れをしているわけではなかったのですが、最近私と話したせいかどんどんゆっくり優しく話す話し方を覚えだした友達が多いようにも思います。(上から)

帰国も旅行も気軽に許してくれる環境

私が一時帰国をするときに

「この期間休む予定なんだけど…大丈夫かな?」

とコーチの方に伝えたら、

「もちろん!いいね帰国!!!楽しんで来てね!」

と言われたので、少し戸惑っていたら

「うちのチームはね、いろんな子たちがいるの。旅行に行ったり、今季は休むねと季節ごとに帰って来る子もまたソフトする人もいる。だからチームに悪いとか思わずに帰省楽しんでおいでね!みんな自分が第一、家族が大切なんだよ。だからチームを休むことは何にも悪いことはないよ!」

と伝えてくれました。

誰がいつ休まれたら困る、誰かがいなくなったら困るという発想はなく、いないときはいないなりにみんなで楽しめばいい、試合をすればいいというスタイルだということがわかりました。

オーストラリア代表選手が所属している

一軍のチームには、カーヤパーナピーさんをはじめとしたオーストラリアの代表選手がいます。

日本の実業団に入って行っている人もいるので、かなりレベルは高く個人の能力は高いです。

また、一軍のチームに入れなくても近くで一軍の試合を見ることができたり人数合わせの時に参加する可能性もあります。

 

今絶好のチャンス!セインツに加入して英語を伸ばして国際交流しよう!

実は少しずつ日本人や他の地域からくる人が来ていると言っても、実際は年に1人、2人のかなりの小員数です。

あまり人数が増えてしまうと日本語を話してしまうので、今が最もチャンスかと言えます。

英語環境で国際交流もできるこの機会に是非セインツに加入して見ませんか?

質問、チーム加入に対するお問い合わせはこちらからお願いします。

はるか

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は2020年3月10日からソフトボール世界No. 1の国であるアメリカのプロソフトボールチームに入団テストを受けに来ています。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、高校のインターハイで優勝、大学の関西リーグでは、防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、日の丸を背負って投げた試合は、日韓交流戦のたった一度だけ。

防御率はいいものの、決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、同年代の中でも目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、1回生の秋からほとんどの試合を任せてもらうようになり、エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、過度な投球が原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている日本ソフトボール界の頂点である「実業団」に挑戦するイメージはどんどん消えてきました。

ある日、夢の中でアメリカのプロリーグにスカウトされました。

夢を見たことがきっかけで海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月からオーストラリアのブリスベンに1年半ソフトボール留学し、QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表に選ばれました。
 
オーストラリアで、自分のピッチングが通用したことが
自信になり、ソフトボール世界No.1のアメリカで、プロを目指すことを決めました。
 
人間、諦めなければ必ず夢は叶うと信じてここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて日本人初のプロソフトボール選手になりたいのです。

そして、日本から私以降にアメリカでプロになる選手を増やし、日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、今後の展望をお伝えしておりますので、是非ご覧ください。

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