本庄遥ファンクラブ

優勝しました

優勝しました

 

今回は、BSA(Brisbane SoftballAssociation)の大会で優勝したことを書いていきます。

オーストラリアのチーム構成について

日本と違うチーム構成

大会で優勝したことを書く前によりイメージが湧きやすい様に日本とオーストラリアのチーム構成について先に説明していきます。日本だと、ほとんどのチームがどこかの学校や会社に所属していて大会が行われることが多いと思いますが、オーストラリアでは

「同じチーム内で年配の方のチームから17歳以下の子どもたちまで様々なランクで別れて」

戦います。私が所属しているチームを例にあげて説明すると私は現在セインツ(チーム名)のA2に所属しています。また、カーヤさん(日本チームの佐川に所属している方)はセインツのA1に所属しています。私たちは、レベルが違いますが同じセインツのユニフォームを着て戦っています。

というわけで、仮に人数が足りなかったとしても同じユニフォームを着ている同じチームに所属しているので違うランクの試合に出場することも出来ます。

このような形で、A1の人がA2の助っ人に来たり、その逆で人数が足りなくて助っ人に行ったこともあります。

日本と比べて感じた大きな4つのメリット

  • 棄権することがない
  • 代表選手との距離が近く、子どもの時からイメージがつきやすい
  • 自分のレベルが上がれば、スムーズに昇格することができる
  • 地域に密着しているので、学校の職員への負担がない

といったことが挙げられます。

どうにか日本にも導入できないかな…。

選手にとってのデメリット

ただ、デメリットとしてはプロがないので日本やアメリカのように給料が発生すると行ったケースがないことかなと思います。

だからカーヤさんをはじめとしたオーストラリアのトッププレイヤーは日本の夏とオーストラリアの夏を行き来する人も少なくありません。(時期が真逆なので可能です)

書くときりがないので、さらにオーストラリアソフトのことを知りたい人はこちらから。

オーストラリアで初のトーナメント戦!

決勝戦

実は私がオーストラリアに来てから一度だけ負けたことがチーム「Bears」。

今日の決勝はそのチームと対戦でした。

だからこそ、絶対負けられなかったし個人的にもリベンジをしたかったチームで今までの試合の中で一番気合いも入っていました。

それと同時に、どうやら緊張していたみたいで、ケイラ(キャッチャーの子)に話しかけられた言葉とか、聞き取れるちょっとした英語が全く聞き取れず、英語話す時ってやっぱりコンディション大事だなと感じました。笑

DJが音楽を流している!?

試合前のピッチングをしている時、なんかすっごい大きな荷物を広げ出した人がいるなと見ていたら、なんとDJが!!!!!!!!笑

試合前にクラブかよっ。と突っ込みたくなるくらい大音量で音楽を流し始めました。

(もしかして、試合中もこの音楽の中で試合するの???笑)

と思っていたら、コーチが

「いつもと違ってうるさい環境かも知れないけど私たちは私たちだから。」

とミーティングで言っていて、マジかよ…。と思っていました。

ですが、実際には中継してくれるアナウンサーの役目だったみたいで日本の鴬嬢のチャラい版みたいな感じで、

「pitcher! Honjoooooooo Harukaaaaaa!!!!」

ってな感じでアナウンスをされました。笑

試合の合間は音楽は止めてくれて、その代わりチェンジアップを決めたりいいボールだったけどボールだったりした時にたくさん褒めてくれたり、名前を呼んでくれました(^^)

もし、DJの人で野球好きならこのコラボ面白いかも。と勝手に考えていたんですけどどうですか??笑

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<DJさんとの写真>

試合内容

試合は守備から始まり、一回の表、初回ショートゴロ、三振、三振。

裏の攻撃はヒットは出るものの点には繋がらず。

守備はそのまま2.3回と三者凡退で好調な立ち上がりでした。

2回の裏、五番バッターがライト前ヒットで出塁すると続く六番バッターがレフト前ヒット。

七番バッターがバントでフィルダースチョイス(どこに投げるか迷ってオールセーフにしてしまうこと)で満塁になり、八番はピッチャーフライ、九番バッターがセカンドに強い当たりを打って一人生還しました。

4回の表にショートの内野安打、セカンド後ろのぽてんフライで少しチャンスを作られてバントで送られ2アウトランナー二、三塁のピンチになりましたが、全て正面のフライで抑え、0点で抑えることが出来ました。

味方チームは5回に再度チャンスを作りライト前ヒットで一点追加。

あと6つのアウトを取れば優勝というところまできました。

昨日も書いたのですが、「メダルがもらえるかも知れない説」が浮上していて私的にはもうメダルが欲しくてたまりませんでした。

そんなタイミングで、フェンス裏のジュニアの女の子がなんとメダルを首からぶら下げてるではありませんか!!!!!!

あ、やっぱり貰えるんだ!!と思って更に気合いが入りました。

(実際につけてたものは去年のものでした。笑)

勝手に気合いが入った私は合計11奪三振、ヒット4本の0−2で勝きることができました。

最後、三振を取ってケイラと抱き合って、みんなで円陣になったとき本当に幸せでした。

最後、相手チームと握手するときもほとんどの選手にナイスピッチと言ってもらえて、お互いの結果を称え合うオージースタイルに毎回感動します。

試合が終わった後、見にきてくれていた友だちに感想を聞いたら、「テンポ良かったし、きっと調子いいんだろうなと思って見てたよ。」と言ってもらいましたが、実際には少し昨日の疲れも体には少し出ていて最善な状態ではありませんでした。

結局、体がとか球が遅いから、とかほとんど関係なく(インフルエンザ並みの辛さとか高熱とか骨折れてるとかは相当なハンデになるので別として)正味最後は気持ちが強い方が勝ちます。

今大会は、英語が全然話せない私に優しく接してくれるチームメイトに感謝していて、このチームを維持でも勝たせたいと思った気持ちが優勝に導くことができた要因です。

ゲームが終わった後、チームメイト以外の観客の方からも「素晴らしかったよ!!おめでとう!!」と何人も声をかけていただきました。

Closing Ceremony(閉会式)

私たちの試合の後にアンダー17の試合があって、それの後に「closing ceremony」(閉会式)でした。

日本みたいにみんな綺麗に縦に2列で並ぶといった概念は全くなくまばらに各チームごとに固まってあぐらをかいて座るかんじ。

文化の違いを改めて感じました。

個人的な意見としては体育座りだとお尻痛くなるし、試合が終わって疲れた後なんだからこれくらいラフにしてほしいです笑

大好きな未来のオリンピック選手のケイラと写真を撮れて大満足です!

金メダルを貰った時は、やっと優勝したっていう実感が沸いて少し泣きました笑

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<U17代表選手のケイラ(キャッチャー)との写真>

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<金メダルの写真>

試合後の祝勝会

その後、チームでの祝勝会をしました。

「チームのベストプレイヤーを選ぶならはるかだね!」とみんなに言ってもらって、その後に、みんなの名前を書いてあるサインボールももらいました。

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<セインツのみんなからのサインボール>

サマーシーズンの総括

日本と真逆なので、サマーシーズンになりますね。

9月から始まって3月までのサマーシーズン。

セインツ自体には、大学の秋リーグの関係で11月からの参加でした。

初めてセインツの練習に行った時、総監督のミシェルと話しましたが想像以上の言葉の速さに単語一つも拾えませんでした。

何を言っているのかもわからず何に対しても「YES」としか言えない私に対して、チームメイトのみんなは本当に優しく接してくれました。

試合と練習を重ねるごとに、少しずつ会話ができたり日本のことが大好きなスコアラーとセカンドの友達に時折日本語の数字の話で盛り上がったり、様々な形で私のことを受け入れてくれる体制をとってくれました。

日本のいいところも、オーストラリアのいいところもここに来たからこそ分かりましたし、毎週試合でネイティブの英語を聞けることで、語学学校の子達よりリスニングが伸びるのは本当に速かったです。リスニングだけが一気に伸びて、それに対して何も返せない悔しさも同時に味わいました。

まだまだ、話せないことも多いしネイティブ同士が話している言葉は拾いきれないこともたくさんありますが、少しずつ成長している自分を認めて日々精進して行きたいと思います!

恐らく、周りの「英語話せるようになりたい!」と思っている人たちと目標や目的が違うので私が日本に帰った時にみんなより英語の伸び方が悪いなと思われることもあるかも知れません。笑

私がオーストラリアに来た理由は

「体が小さくても大型バッターを倒せることを証明すること」

「日本人が世界四強でソフトボールができる場所を作ること」

この二つです。その為の英語勉強なので初めは正しい文法より、伝わるか伝わらないかを重要視して話しています。

英語はツール。伝わると楽しいです。

今は、小学生みたいな話し方しか出来ないけどみんなに助けてもらいながら、その分プレーで恩返ししながら、楽しくソフトボールを続けて行こうと思います。

いつも読んでくださっている方々、そして読者登録してくださった方々、本当にありがとうございます!!

試合の投稿のついてはウィンターシーズンが4月からなので、活動が始まり次第アップして行きます。

また、今日書き切れていないオージースタイルのソフトボールのことについてもかいて行きたいので、これからもよろしくお願いします。

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はるか

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は2020年3月10日からソフトボール世界No. 1の国であるアメリカのプロソフトボールチームに入団テストを受けに来ています。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、高校のインターハイで優勝、大学の関西リーグでは、防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、日の丸を背負って投げた試合は、日韓交流戦のたった一度だけ。

防御率はいいものの、決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、同年代の中でも目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、1回生の秋からほとんどの試合を任せてもらうようになり、エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、過度な投球が原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている日本ソフトボール界の頂点である「実業団」に挑戦するイメージはどんどん消えてきました。

ある日、夢の中でアメリカのプロリーグにスカウトされました。

夢を見たことがきっかけで海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月からオーストラリアのブリスベンに1年半ソフトボール留学し、QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表に選ばれました。
 
オーストラリアで、自分のピッチングが通用したことが
自信になり、ソフトボール世界No.1のアメリカで、プロを目指すことを決めました。
 
人間、諦めなければ必ず夢は叶うと信じてここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて日本人初のプロソフトボール選手になりたいのです。

そして、日本から私以降にアメリカでプロになる選手を増やし、日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、今後の展望をお伝えしておりますので、是非ご覧ください。

このファンクラブは、みなさんと一緒に夢を追いかけるためのコミュニティです。

ぜひご入会いただき、一緒に夢を追いかけてみませんか?
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