本庄遥ファンクラブ

私はソフトボールが大好きだ。

私はソフトボールが大好きだ。

 

「私はやっぱりソフトが大好きだ。」

そう思えたのは、今日親戚のソフトボールチームでゴムボールを5年ぶりにまともに握り投げさせてもらったときのこと。

普段革ボールで投げている私にとって、本当に久しぶりの感覚でゴムボールを握っただけでも「懐かしい」と声を漏らしてしまうほどでした。

親戚との感動の再会

「親戚の〇〇です。…で…。」

丁寧な文章で、私との出会い〜なぜ今回連絡したのかを記載してTwitterのDMで連絡をくれたのは私の父のいとこにあたる6つ上のゆうきくんでした。
彼と最後に出会ったのは、私のひいお婆さんにあたる方のお葬式でした。
当時私は小学校3年生くらい、ゆうきくんは高校生でした。

そんな彼が今回私に連絡をしてくれた理由は、SNS上で私のことをたまたま見つけて現在の私の活動にかなり感激を受けたこと、ゆうきくんもソフトボールを小学校の時にしていて、中高は野球、大学はサークルで、そして現在社会人チームで行っていることの報告、さらに現在小学校の先生で子どもたちに是非私の経験を話して欲しいとのことでした。

ゆうきくんと最後に会ったのが小学生だったこともあって、かなり記憶が曖昧だった私は連絡がきたこと自体かなりびっくりしました。
あのゆうきくんとまた会えるのかという期待と緊張でいっぱいでした。

 

今所属しているチームでピッチャーの依頼をされる

ゆうきくんが今所属しているチームで「ソフトで助っ人としてきてくれない?」と連絡がありました。
正直、今も革ボールで現役として続けている私にとってゴムボールで試合をすることは少しネックでしたが、久々の再会が楽しみだということとゆうきくんと一緒に試合をしてみたいという気持ちもあり、今回試合をしに行くことになりました。

試合に行くことが決まった後に、「あ、ちなみにダブルヘッターだよ」とか「はるかちゃん合わせて9人ぴったりだから」とかかなりプレッシャーでした。笑

当日には「このチームにはよく負けてるんだよね。」と強いチームだということも聞かされ、負けず嫌いの私は久々のゴムボールで投げることと、負けたらいけないというプレッシャーがかなり大きかったです。

天才キャッチャーとの出会い

元野球部の宮川さん

当日会場に行くと、ゆうきくんから「いいキャッチャーがいるから楽しみにしてて。」と告げられました。

そこでお会いしたのは宮川さん。
大学で硬式野球部に所属されていたそうで全国大会経験者のキャッチャーで、投げてすぐわかる、あの上手い感じ。

今日はそんなキャッチャーの方と組むことになりました。
宮川さんは完全に「頭脳派キャッチャー」で、私が得意なことや苦手なこと、どんなピッチングスタイルなのかをこと細かく試合前に聞かれました。

正直、オーストラリアで一年間試合をしていた中でキャッチャーに意思を伝えることがあってもやはり深くまで話せてはいなかったですし、こんな風にどういう攻め方をするという話をするのはかなり新鮮でした。

試合が始まって、一試合目はほとんどストレートとチェンジアップのみでの勝負。
ドロップは2球くらいだけ投げて、あとはコントロールと緩急で抑えにいったような試合内容でした。

結果は圧勝(何点だったかわからないくらいには点を取れたと思う。)

気持ち良い快勝ができました。

打たれた回は次の回どうやって攻めるかを徹底的に話し合う

遊びでやってるとは思えないほどのクオリティが高いチームで、特に配球についてこんな風に詰めて話せるとは思っていませんでした。

宮川さんの攻め方はバッターが苦手なところを徹底的に攻めるいやらしい配球が本当に上手で、もちろん何回も戦っている相手だからということもあると思いますが、かなりバッターの研究が早かったです。

組んでいても、「宮川さんの言っているとおりにちゃんと投げることができれば打たれないな」という感覚がありました。(キャッチャーはここまで思われる必要があると思いますし、ピッチャーはこれくらい信用する気持ちを持つことが大切です)

配球の大切さを改めて確認

今日、また違うキャッチャーと組んだことで配球をかなり勉強させてもらえました。
私の個人的な偏見ですが、男の人の方が配球とかどうやったらピッチャーを引っ張れるか、奮い立たせられるかをよくわかっておられる気がします。

サインを聞いたときに、最後に言われたのは

「俺が、ここ大事やで。って思ったときは胸をトントンってやるから。いろんなニュアンスがあるけど、その時は思い切って投げてきて。」

ということ。

あ〜こんな風に言ってくれると、ピッチャーもギアがあげやすいしここはキャッチャーも勝負って思ってるんだな。っていうことがわかると思います。

こういうところは本当に真似して行きたいですね。

改めて感じたソフトの楽しさ

ゴムだろうが革だろうがソフトはソフト。

私が自分で驚いたのは、ゴムボールも革ボールも試合をやっている最中は本気で投げるし、勝ちたい気持ちが大きいし、何より楽しさが全く同じでした。

今日は特に日本に帰ってきてから一発目の試合で、野球経験者が多いこのチームで試合をさせてもらうことで、かなり守備にも守ってもらって自信にもなりました。

何より本っっっっっっっ当に楽しかったです。

2勝する事ができてかなり感謝されましたが、むしろこんなに素敵なチームでソフトをできたことに対して私がかなり感謝しました。

ゆうきくんが親戚ということで、今後もかなり遊びに行きやすいのも嬉しいです😁

 

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はるか

 

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は今年の10月に、
ソフトボール世界No. 1の国である
アメリカのプロソフトボールチームに
入団テストを受けに行きます。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、
高校のインターハイで優勝、
大学の関西リーグでは
防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、
日の丸を背負って投げた試合は、
日韓交流戦のたった一度だけ。

結果は出ているものの
決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、
同年代の中でも
目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、
1回生の秋から
ほとんどの試合を任せてもらうようになり、
エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、投げすぎが原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている
日本ソフトボール界の頂点である
「実業団」に挑戦するイメージは
どんどん消えてきました。

ある日、「アメリカのプロリーグにスカウトされる」
夢を見たことがきっかけで
海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月から
オーストラリアのブリスベンに
1年半ソフトボール留学し、
QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表
に選ばれました。
 
オーストラリアで
自分のピッチングが通用したことが
自信になり、
ソフトボール世界No.1のアメリカで
プロを目指すことを決めました。
 
人間、
諦めなければ必ず夢は叶うと信じて
ここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、
決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて
日本人初のプロソフトボール選手に
なりたいのです。

そして、日本から私以降に
アメリカでプロになる選手を増やし、
日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、
今後の展望をお伝えしておりますので、
是非ご覧ください。

このファンクラブでは、みなさんと一緒に夢を追いかけるためのコミュニティです。

ぜひご入会いただき、一緒に頑張りませんか?
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