本庄遥ファンクラブ

アスリートライターとは?

アスリートライターとは?

 

今回は、私自身が肩書きとして使っている「アスリートライター」の生い立ちと活動内容についてお話ししていきます。

 

 

アスリートライターの生い立ち

 

 

私がアスリートライターと名乗りだしたのは、2018年6月ごろ。

2017年11月にオーストラリアにソフトボール留学し、新たなソフトボール生活が始まりました。

 

ちょうどその頃トビタテ留学JAPANという文科省と大企業がコラボして奨学金がもらえる制度があり、倍率約8倍の試験に合格し、生活に困らない程度の資金が給付される予定でした。

しかし、チーム変更などの関係で変更届を出さないといけないことに。

 

トビタテ留学JAPANの変更届は、変更届を出すトビタテ生がたくさんの書類を書かないといけないだけではなく、トビタテ事務局側が変更届が相応しいものなのかの判断をしなければなりません。

となると、かなりの時間がかかってしまい最低でも2ヶ月は待ってくださいと言われました。

 

 

結果変更届が

「アスリートがどこの企業にも属さずに自分で稼ぎながら競技をつける方法はないか?」

と考え始めたのがきっかけでブログを初めて半年経ったころ、Find-FCアスカツを経営される#アスリートよりアスリートこと吉沢さんが

「うちでも記事書いて欲しいわ〜」

と何気なく言われた言葉を鵜呑みにし、

「やりたいです!」

と言ったことがきっかけで始まりました。

コンセプト

アスリートがフリーでやっていける環境づくり
アスリートが競技に集中しながら稼げる環境づくり
アスリートが手に職をつけること

アスリートの一番の悩みは競技をしながらの金銭面。

競技自体を本気でやり続けながら仕事をするのはかなりの負担がかかります。
また、職場の理解がなければ大事な大会にさえ行けない可能性も出てきます。

そうならないためにも自分で稼いで時間もある程度コントロールできる体系を作ることで、アスリートが本来の姿であり続けられると思います。

高校、大学までは親に支えられながら学校と部活を両立することで成り立っていましたが、社会人になるとそれがなかなか許されない環境になることがアスリートにとっての負担にもなってきます。

それを防ぐためにも、ライター業としていつどこでも空いた時間でできる職業を身につけ、アスリートをすることが近道だと考えました。

具体的な業務

アスリートに関連する記事を書く
アスリートへの取材
自分のブログでのPR

大きな仕事としてはこちらの3つが考えられます。
事業を拡大しようと思うのであれば、PRの単価を上げる、ブログ自体の価値を高める(PV数を増やす)ことが一番の近道です。

それに伴い競技の実績も関係するのでその辺りもイメージできるとベターです。

アスリートライターになるためには

では実際にアスリートライターになるためにはどうすればいいのか?というところが気になると思います。

アスリートライターになる前段階でお願いしたいことは、自身のブログを立ち上げ発信することです。

アスリートライターになる時に相手方に見られることは「競技」「ライターとしてのスキル」「発信力」とこの3つが大切になってくると思います。

この3つを評価してもらうためにも、まずは自分の活動を見てもらえる場をしっかりと提供することが大切です。

いきなりライターとして稼ぐぞ!というのはかなり高度ですので、まずは練習がてらブログを書いて力をつけていくのが理想かと思います。

アスリートライターの未来像

最終的にはアスリートライターを1つの職業として成り立たせたいと考えています。

アスリートが1つの企業に依存せずに競技に集中できる環境を作ることが、アスリートが今後活躍できる場を作ることでスポーツ界全体が盛り上がります。

アスリートによっては、好条件だけど仕事内容は特別興味がない、海外遠征にも行きたいけど会社にこれ以上お願いしにくいなど様々な問題が発生します。

そこをうまく回避するためにも手に職をつけて働いていくことの第一歩として考えてもらえたらと思います。

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は今年の10月に、
ソフトボール世界No. 1の国である
アメリカのプロソフトボールチームに
入団テストを受けに行きます。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、
高校のインターハイで優勝、
大学の関西リーグでは
防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、
日の丸を背負って投げた試合は、
日韓交流戦のたった一度だけ。

結果は出ているものの
決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、
同年代の中でも
目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、
1回生の秋から
ほとんどの試合を任せてもらうようになり、
エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、投げすぎが原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている
日本ソフトボール界の頂点である
「実業団」に挑戦するイメージは
どんどん消えてきました。

ある日、「アメリカのプロリーグにスカウトされる」
夢を見たことがきっかけで
海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月から
オーストラリアのブリスベンに
1年半ソフトボール留学し、
QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表
に選ばれました。
 
オーストラリアで
自分のピッチングが通用したことが
自信になり、
ソフトボール世界No.1のアメリカで
プロを目指すことを決めました。
 
人間、
諦めなければ必ず夢は叶うと信じて
ここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、
決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて
日本人初のプロソフトボール選手に
なりたいのです。

そして、日本から私以降に
アメリカでプロになる選手を増やし、
日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、
今後の展望をお伝えしておりますので、
是非ご覧ください。

このファンクラブでは、みなさんと一緒に夢を追いかけるためのコミュニティです。

ぜひご入会いただき、一緒に頑張りませんか?
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