本庄遥ファンクラブ

豊田自動織機を引退し、次のステップへ。栗田美穂さんから学ぶ、ソフトボール選手のセカンドキャリア

豊田自動織機を引退し、次のステップへ。栗田美穂さんから学ぶ、ソフトボール選手のセカンドキャリア

 

海外のローカルチームでソフトボールをしながら、東京オリンピック代表選手を目指すアスリートライターの本庄遥(@number_1h)です。→アスリートライターとは?

 

高校、大学を卒業する選手、そして実業団のみなさん、「セカンドキャリア」に不安はありませんか?

高校生大学生なら
「ソフトボールを続けたい」
「実業団に行きたい」

 

と思う選手ももちろん、
「正直楽しくて始めたソフトボールがだんだん使命感に変わってしまった…」
なんてことはありませんか?

実業団の皆さん。
止むを得ない引退をしてしまった人
プレッシャーで押しつぶされそうな人
「引退する年齢だけど、本当はもう少しソフトボールを続けたい」

と思っている人はいませんか?

 

そんな方たちに朗報です。

今、実業団を引退し、オーストラリアでソフトボールをしている選手がいます。

そう、元豊田自動織機の美人ピッチャー栗田美穂さんです。

 

今回のinterviewee(栗田美穂さん)

小学校1年生からソフトボールを始め、
実業団では11年間豊田自動織機で活躍。

日の丸を背負った経験もあり、
多彩な変化球を持ち味にチームを引っ張ってきた大エース。

明るい雰囲気で、笑顔が素敵な栗田さんにはファンも多く、
引退している今もファンの方から愛されています。

 

 

ソフトボールを始めてから今日まで

小学生〜実業団まで

ーーーソフトボールはいつから始めましたか?

私は小学校1年生のときに幼馴染に誘われて
地元静岡県掛川市でソフトボールを始めました。

中学生は掛川東中学校へ
高校でも地元である静岡県の常葉菊川高校に入学。

高校生のときに初めて合同練習をしたことで
豊田自動織機に憧れを抱き、
セレクションを受けることになりました。

 

ーーー高校生で実業団の方と合同練習ってかなり珍しいと思うのですが…。

そうですね。
私も入団してから数えるほどしかなかったような…
っていうところなので、かなり運も良かったと思います。

入団したいことを伝えると
「セレクションを受けにきて」
と言っていただき、入団できることになりました。

その後11年間続けたのち、去年引退しました。

 

オーストラリアに行きたくなった理由

ーーーオーストラリアに行こうと思ったきっかけはなんですか?

チーム(豊田自動織機)にアメリカ人の人がいて。
その人たちの考え方、価値観、性格を見てすごく憧れました。

4年前に監督、コーチに海外に行きたいことを相談すると
そのときにチームにいた、
アメリカ人の通訳と、ステーシー・ポーター(現SGホールディングス)が中心になって
オーストラリアに行く案を考えてくれました。

 

ーーー4年前、とおっしゃいましたが、今回の渡航より前にもオーストラリアに来ていたんですか?

そうなんです。
会社にわがままを言って1ヶ月半だけ
オーストラリアでプレーしました。

ーーー現在Bears(チーム名)には、その時も所属していたのでしょうか?

はい、そうです。
当時はコネクションもなかったのですが、

私がオーストラリアに来ることになったタイミングで
オーストラリア代表のステーシーポーター(現SGホールディングス)が

「日本リーグからピッチャーがくるけど受け入れてくれるチーム、
もしくはピッチャーが足りていないチームはありますか?」

ってブリスベンのチームに呼びかけてくれて。

そこでBearsが受け入れてくれることになりました。

 

ーーーオーストラリアに戻ってきた理由はソフトボールをしに?

実はもともとオーストラリアでは続ける気はなかったんです…。笑

日本でのソフトボールが終わって
これから何しようってなったときに
何かに挑戦し続けたいって思いました。

年齢もラストワーホリのタイミングでしたし
もともと興味があった語学勉強をメインで
オーストラリアに行くことを決意しました。

 

前回の渡航が続けるきっかけに。

ーーーオーストラリアでもソフトボールを続けることになったきっかけを教えてください。

今、Bearsで友だちになったチームメイトの家に泊めてもらってて。
その子とキャッチボールや
ボール拾いをして練習を手伝っているときに

 

「ソフトボールってなんて面白いんだ!!」
って思ったんです。

 

日本でやる真剣勝負のソフトボールも好きでしたが、
いち会社員として勝つことが仕事になると
負担もかなり大きかったのは事実です。

 

オーストラリアでやるソフトボールは
小学校に戻った気分でした。

 

そのタイミングで、友達が
「みほも一緒にやろうよ!」
って誘ってくれて、もう一度Bearsでやることにしました。

 

ーーー実際にオーストラリアでもソフトボールをやってみていかがでしたか?

ソフトボールをやって本当に良かったと思っています。
友だちもできましたし楽しくソフトができてるなって感じています。

もともと腰と膝が悪くて、
日本にいるときも痛み止めを飲んだりしていたので
正直初めは投げれるか不安でした。

でも、オーストラリアは練習も毎日あるわけじゃないし
負担も少ないことがわかっていたので気軽に始めることができました。

ただただ周りの感情に振り回されず
フレッシュな気持ちでソフトボールを楽しみたかったんです。

それが叶って、楽しくソフトボールができてるのが幸せだと感じています。

 

代表で戦った時に感じた海外との違い

 

ーーー栗田さんは、日本代表としてオーストラリアと戦ったことがあると思います。その時のオーストラリアの印象はどんな感じでしたか?

すっごくパワフルで、力があって。
ホームランバッターが揃ってるって感じました。

 

ーーー現在、オーストラリアのチームの中に入って戦っていますが、その印象とイメージは変わりましたか?

正直、日本の練習量は群を抜いていますね。

初めてオーストラリアの練習をした時
「これだと日本に勝つのは厳しいだろうな…」
と思いました。

アメリカは行ったことがないのでわかりませんが、
やはり日本の技術はすごいなとひしひし感じています。

 

現地で感じた日本とオーストラリアの違い

ーーー日本とオーストラリアでソフトボールをしてみて違いや気づいたことを教えてください。

日本のいいところ

日本のいいところは、
「追求すること」
ですね。

バッティング、守備、走塁全てにおいて
できなかったことをできるまで追求します。

それが強さの秘訣だと感じています。

 

後は守備はピカイチですね。
自分が投げていて内野ゴロを打たれたら
まず100%大丈夫なので。

オーストラリアだと、転がった瞬間から
ずっと見届けておかないと不安な人もいます。笑

それくらい日本の守備の硬さは素晴らしいな、
当たり前じゃなかったなと感じています。

 

オーストラリアのいいところ

オーストラリアのいいところは
「Sorry」って簡単に言わないところです。

私が大会でホームランを打たれたときに
「Sorry」って謝ってたら

「謝るな!!」って言われて。

ある意味プライドが高いとは思うのですが、
打たれてもすぐ切り替えて、
「はい。次がんばろ!」と言われているようでした。

後は、全てにおいてシンプルですね。

例えばミーティングも簡潔にまとめて5分もかからないですし
何をするにしても、余計なことは何もしないですね。

そういう楽観的なところが素敵だなと思いました。

 

オーストラリアで感じたこと

ーーーオーストラリアに来てみて何か特別感じたことはありますか?

日本の実業団で練習する時って
自分にキャッチャーがついてくれないっていうことはまずなかったんです。

でも、オーストラリアの練習で
友だちが気遣ってくれてグランドまで1時間くらいかけてきてくれて
ピッチングを受けてくれたんです。

仕事も早く切り上げてもらったり、
遠いところから来てもらっているのを肌で感じて

「私が毎日練習できるのは当たり前じゃないんだな」
と感謝できるようになりました。

 

ヨガでアスリートたちを救いたい

ーーー最後に今後のビジョン、目標があれば教えてください。

帰国したらヨガの勉強をします。

私が現役時代、ヨガにすごく救われたんです。
マインドコントロールができることを知ったり
リラックスできるようになったり。

自分が感じたからこそ、今度は私が教える番。
アスリートがリフレッシュできるようなサポートができたらなと思っています。

もし必要とされているなら
ソフトボールのクリニックもやりたいですね。

今までお世話になった分何か返せていけたらと思っています。

 

ーーーちなみに美穂さんいつ帰ってこられますか?笑

うーーーん。笑
まだ決めてないのですが、早くても今年の9月ですね。

東京オリンピックはやっぱり見たいので
それまでには帰ろうかと!

一緒に戦ってきた仲間もいますし
東京オリンピックは楽しみですね!

まとめ

日本代表を背負い、会社を背負い
11年間実業団でソフトボールを続けてこられた栗田さん。

取材をした次の週に大会で優勝されました。

MVPも受賞し、チームに大貢献しました。

「豊田自動織機で勤務」という安泰な選択肢を取らずに
オーストラリアに来たのは、栗田さんの挑戦です。

実業団を引退されてからもう少し続けたい人
ソフトボールを通じて語学を学びたい人

オーストラリアでソフトボールライフを送ってみてはいかがでしょうか?

現在ソフトボール留学についての相談を承っております。

こちらからご連絡いただきますよう、よろしくお願いいたします。

はるか

 

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は今年の10月に、
ソフトボール世界No. 1の国である
アメリカのプロソフトボールチームに
入団テストを受けに行きます。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、
高校のインターハイで優勝、
大学の関西リーグでは
防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、
日の丸を背負って投げた試合は、
日韓交流戦のたった一度だけ。

結果は出ているものの
決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、
同年代の中でも
目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、
1回生の秋から
ほとんどの試合を任せてもらうようになり、
エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、投げすぎが原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている
日本ソフトボール界の頂点である
「実業団」に挑戦するイメージは
どんどん消えてきました。

ある日、「アメリカのプロリーグにスカウトされる」
夢を見たことがきっかけで
海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月から
オーストラリアのブリスベンに
1年半ソフトボール留学し、
QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表
に選ばれました。
 
オーストラリアで
自分のピッチングが通用したことが
自信になり、
ソフトボール世界No.1のアメリカで
プロを目指すことを決めました。
 
人間、
諦めなければ必ず夢は叶うと信じて
ここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、
決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて
日本人初のプロソフトボール選手に
なりたいのです。

そして、日本から私以降に
アメリカでプロになる選手を増やし、
日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、
今後の展望をお伝えしておりますので、
是非ご覧ください。

このファンクラブでは、みなさんと一緒に夢を追いかけるためのコミュニティです。

ぜひご入会いただき、一緒に頑張りませんか?
ファンクラブはこちらから