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スポーツ留学をしたら一度は経験する!「物理的な距離の重要度」

スポーツ留学をしたら一度は経験する!「物理的な距離の重要度」

 

世界中でソフトボールをしながら日本代表を目指す、アスリートライターの本庄遥(@number_1h)です。→アスリートライターとは?

 

スポーツをやっている人の中には、日本にいるときに寮生活や1人暮らしをした経験がある人は多いのではないでしょうか?

私自身も高校生のときに寮生活をして、大学に入ったときには1人暮らしをしました。

もともとかなりの寂しがりやなのですが、ホームシックになった経験はなく、周りからは「珍しいね」とよく言われました。

今回は日本国内でホームシックにならなかった私が、オーストラリアで初めて「ホームシック」になったお話をしたいと思います。

 

オーストラリアに渡航できた理由

そもそも私がオーストラリアに渡航できた理由の1つとして

「ホームシックになったことがないからどれだけ遠くに言っても怖くないだろう」

という自信があったからです。

高校のとき、実家との距離は岡山⇆兵庫だったので「最悪何かあればすぐに帰れる距離」でした。

両親が共働きだったので、家にいるよりも寮生活でみんなと一緒に寝たり、常に人の気配を感じながら生活できる空間が非常に魅力的でした。

 

大学のときは、京都で1人暮らしをしました。

岡山よりは少し離れますが、1人暮らしだったので友だちを自由に呼んだり、門限がないからみんなで朝まで遊んだりできることで「誰かと一緒にいる時間」がより増えました。

 

このように、高校、大学と親元を離れて生活していたことが「私はどこに行ってもホームシックにならない」という自信に繋がり、オーストラリアに渡航することに対して恐怖が一切ありませんでした。

 

初めてのホームシック

 

ところが、ある事件が発生しました。

留学して2ヶ月経った頃に語学学校の先生と口論しました。

非常にいい人だと思っていた担任の先生が、たくさんの生徒がクラスから去った後、英語ができない私たちに八つ当たりをするようになりました。

「なんでこんなことがわからないの。」

「もっと勉強して」

前までは優しく一言ひとこと聞いてくれていた先生が、卒業生が去った後態度が急変してしまいました。

その頃からこのクラスに居たくないという思いが強くなり、先生に相談しました。

 

私「上のクラスに上がりたいです。」

先生「どうして?」

そう言われたときに、「先生の態度が悪い」と直接いうことができなかったこと、そして私の英語力がなかったことで、私はこのように答えました。

 

私「少し…クラスに問題があるの」

先生「クラスには問題ないわ。あなたに問題があるのよ。

 

今思うと、私の言い方も非常に悪かったと思います。

しかし、下から2番目のまだ英語がわからない私にとってはこう伝えるのが精一杯でした。

言い返せなかった事で自分への苛立ちと、先生に言われた言葉が胸に突き刺さり、次の日クラスに行くほど心に余裕がありませんでした。

 

その事件の後、「一度気持ちをリセットしたい!」と思いました。

しかしその事件のときには周りに相談できる友だちも少なく、とりあえず当時付き合っていた彼氏に相談しました。

彼氏も私の状況がよくわかっていませんし、「まあそういう時もあるよ」と言われました。

想像以上に苦痛に感じていた私は、彼に八つ当たり。

険悪な雰囲気になり電話を切りました。

ダブルパンチを受けた私は、「今すぐ帰りたい」そう感じていました。

これが私の人生初めてのホームシックです。

 

一番辛かったこと

結局私が一番辛かったのは、「帰りたいときに帰れない」という物理的な距離でした。

正直、先生との口論も大したことではありませんでした。

しかし「少しだけこの環境を離れてリフレッシュしたい」と思ったときに絶対に今は帰れないとわかった瞬間、急激に帰りたくなったのです。

それくらい、物理的な距離とは精神的にもかなり削られるんですよね。

 

 

もしホームシックになったら

ホームシックになったときの対策は、周りの人に徹底的に相談することです。

今、なぜあなたがスポーツ留学をしたのか、どうしてわざわざ親元を離れてまでそこに行きたかったのかぜひ考えてみてください。

もし、その理由が今すぐ帰ってもいいと思えるのであれば、帰るのも1つの方法です。

 

人生何度でもやり直せますし、仮にワーキングホリデービザを使ってきていたから勿体無いと思うかもしれませんが、「あなたが人生楽しい」と思えていないことをずっと我慢してそこに滞在する方がよっぽど勿体無いです。

今の自分にとって何が一番楽しいのか、何が一番大切なのかじっくり考えてみてくださいね。

 

現在、アスリートや指導者さんのお悩み相談に乗っています。

 

 

もしご興味のある方は、こちらのリンクから飛んでいただきぜひ相談してみてくださいね。

はるか

 

東京オリンピックへ向けて。〜プロへの挑戦〜


私は2020年3月10日からソフトボール世界No. 1の国であるアメリカのプロソフトボールチームに入団テストを受けに来ています。

身長は154㎝で体格は決して恵まれていません。


中学時代全国大会でベスト4、高校のインターハイで優勝、大学の関西リーグでは、防御率0で最優秀投手賞を受賞。

しかしながら、日の丸を背負って投げた試合は、日韓交流戦のたった一度だけ。

防御率はいいものの、決して三振をバンバン取れるピッチャーではなく、同年代の中でも目立ったピッチャーではありませんでした。
 
立命館大学に入学し、1回生の秋からほとんどの試合を任せてもらうようになり、エースとしてマウンドに立ち続けてきました。

しかし、過度な投球が原因で肩を負傷。

上野さんたちが戦っている日本ソフトボール界の頂点である「実業団」に挑戦するイメージはどんどん消えてきました。

ある日、夢の中でアメリカのプロリーグにスカウトされました。

夢を見たことがきっかけで海外でソフトボールを続けることを決意。

2017年11月からオーストラリアのブリスベンに1年半ソフトボール留学し、QLD州(ソフトボールが最も盛ん地域)U23の代表に選ばれました。
 
オーストラリアで、自分のピッチングが通用したことが
自信になり、ソフトボール世界No.1のアメリカで、プロを目指すことを決めました。
 
人間、諦めなければ必ず夢は叶うと信じてここまで取り組んできました。

アメリカのプロになる事は、決して簡単なことではありません。

しかし、どうしてもこの夢を叶えて日本人初のプロソフトボール選手になりたいのです。

そして、日本から私以降にアメリカでプロになる選手を増やし、日本の競技力向上を図ります。

私のファンクラブにて、今後の展望をお伝えしておりますので、是非ご覧ください。

このファンクラブは、みなさんと一緒に夢を追いかけるためのコミュニティです。

ぜひご入会いただき、一緒に夢を追いかけてみませんか?
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